http://www5e.biglobe.ne.jp/~kutcheri/インド舞踊家の私のインドと日本での見たり、聞いたり、考えたり

by kuchipudi-keiko

インドの芸術 クチプディ

私が踊っているクチプディというインド古典舞踊ですけれども、その芸術の発祥の地となった『KUCHIPUDI』という地名から、この踊りの名前がつけられているのは、少しご興味のある方でしたら、皆さんご存知のお話ですね

クチプディ(KUCHIPUDI)の名前の起源には諸説ありますが、村から村へとさすらう芸術家集団(KUSEELAVA)の住居(PURI)が、口語化して、現在のクチプディ(KUCHIPUDI)という名前になったというのが、有力な説です

そして、実際、今でもKUCHIPUDIという村は、インド アーンドラプラディッシュ州 VIJAYAWADAから南東に約80キロの地点に存在しています

村には本当に何もありません

そこにあるのは、畑と民家とそして、クチプディダンスだけ

私も数回リサーチに赴きましたが、そこには良くも悪しくも、古いクチプディが、現存していました

舞台芸術として、日々、進化を遂げるインド古典舞踊にあって、クチプディもまたその例外ではありません

こと都市部においては、新しくニートなクチプディダンスが主流になりつつある今、クチプディダンスのトラディッションも多様化してきています

ちなみに、私の師のそのまた師(大師匠)、人間国宝 ベンパティチンナサティヤムは、クチプディビレッジの出身です

世界にクチプディアートの伝統の素晴らしさを伝播させた功労者のひとりですが、彼はまた、クチプディビレッジのもとからある古いクチプディに、(バラタナティヤム、オリッシーなどの)いろいろな美しさの要素を加えて、新世代のクチプディを創造した人物でもあります

そして、時の流れとともに今、世界中に散らばった数多くのベンパティスタイルのクチプディの後継者達は、またおのおの各自、クチプディという芸術において、新しい取り組みをはじめています。


舞台芸術として洗練してされていく一方で、アーティストは、はたまたラシカー(芸術愛好者)は、クチプディらしさというのを、どこに求めているのだろうとも、考えたりもします

そして、そんな時、私は、ふっと、クチプディビレッジで眼にした、ベンクーの演じた(あえて踊るではなく演じると記させてください)サティヤバーマを思い出します

バラトリプラスンダリの寺院の前にしつらえたステージで行われたクチプディダンスドラマ(歌って踊って台詞をいう今でいうミュージカルのようなもの)の『バーマカラパム』

ベンクー(男性)が主人公のサティヤバーマ(クリシュナ神の愛人 ♀)のロールをしていたのですが、女形の妖艶さ、恐るべし!!

このように、クチプディという芸術は、伝えられてきたのですね

いろいろな形的な細かい事はわからなかったとしても、あのとき感じた、クチプディアートの表現する神の世界の色気や華やかさや元気は、魂に焼きつきました


非常に感覚的な事だけれども、とても大切な事

村から村へとさすらう芸術家集団(KUSEELAVA)であるバガヴァッタメーラース(BHAGAVATA MELAS)が何を想って、パフォームしていたのか

なぜ、アーンドラ地方を統治していたクトゥブ王朝の最後の支配者であるABUL HASSAN TANISH(ムスリムの王)が、バーマカラパム(ヒンドゥー教の神話のダンスドラマ)に心を動かされたのか

クチプディダンスの歴史に、現代のアーティストの本来のあるべき姿のヒントが、隠されているのかも、しれません

そんな気がします



これは、そんなクチプディビレッジで公演させていただいた時のパンフレット

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by kuchipudi-keiko | 2008-05-09 12:21 | インド舞踊 | Trackback
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