http://www5e.biglobe.ne.jp/~kutcheri/インド舞踊家の私のインドと日本での見たり、聞いたり、考えたり

by kuchipudi-keiko

インド舞踊ーアビナヤ考

ダンスドラマ(舞踊劇)でもない限り、基本的にインド舞踊の多くはソロで踊られるものです

ですので、物語を表現するときに、ダンサーはひとり芝居のようにひとりで何役も踊り分けなくてはいけません

ここでダンサーは、自らの人生経験や知識を総動員して、いろいろな角度からのキャラクターのカラーを考察したり、背景を考慮に入れたりして、場を作り込んでいくのです

ダンサーによってその得意なキャラクターというものが、必ず存在するのですが
きれいでかわいいキャラクターばかりを演じるわけではありません

感情も人間がもちうる感情はすべて踊りの中で表現できなければいけないのです

それをキャラクターごとに瞬時に踊りわけるのは、なかなかに熟練の技が必要です

インド舞踊ですのでハスタといわれる手、指の形のきまりや他にもさまざまな制約があります



さて、インド舞踊には「ナヴァラサ」と呼ばれる九つの感情表現があるのをご存じですか?


今日、そのナヴァラサ(映画ではないですよ)のDVDを観ていたのですが
その中で心に残る言葉がありました(以下、全然正確ではありませんが、記憶でなんとなくニュアンスのみをお伝えいたします)

たとえば「怒り」という感情を表現するのでも
その背景や場面によって「怒り」の感情にもうひとつの感情をミックスする

怒りの裏に「愛」があるもの、怒りの裏に「さげすみ」のあるもの、怒りの裏に「悲しみ」のあるもの、怒りの裏に「恐怖」のあるもの。。。などなどなど

「そのようなダブルシェードの感情表現は本当に美しい」とおっしゃったのは
カラニディ マミー(インド舞踊家、アビナヤの達人、多くの有名プロダンサーが彼女のもとでアビナヤを習っている)なのですが、ふむふむその通りだなぁと思いました

例えばヤショーダがミルクを盗み飲むクリシュナをしかる時は、愛のある「怒り」だし、ドゥルガー女神がマヒシャスラと戦う時にはさげすみのある「怒り」だし・・・・etc・・・

ひとくちに「怒り」といってもさまざまな表現があるわけですよね

そのダブルシェードも光の加減や見る角度によって見える色が変わってくるわけで。。。

うーん、こうして考え始めると役作りに完成型というのはないのかも知れませんね


それに、私の場合でも、おなじキャラクターも10年前に踊っていたクリシュナと今のクリシュナでは少しニュアンスが違う気がします

年齢を重ねるごとに、もしも人間的にも成長しているとするのなら、たぶん踊りのなかのキャラクターも共に成長しているのではないかななんて期待したりもします
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by kuchipudi-keiko | 2009-08-18 21:50 | インド舞踊